今月のピックアップ

2016年9月 7日 (水)

特別公開 静岡浅間神社大歳御祖神社 蟇股彫刻

特別公開が始まりました。静岡浅間神社 大歳御祖神社の蟇股彫刻が修復され、間もなくご本殿の蟇股に取り付けられます。見事によみがえった蟇股彫刻。間近で見ることができる特別な23日間。ご本殿は一般には公開されていません。拝殿でお参りしています。ですから余計に貴重なのです。その上、特別な日に入ったとしても、蟇股に取り付けてしまうと高い位置でしかその彫刻の美しさを見ることができません。今なら、さまざまな角度からよみがえった蟇股彫刻をみることができます。ぜひぜひご来館ください。
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右の写真の朱色の部分が蟇股です。ここに間もなく取り付けられます。




2015年5月 4日 (月)

特別公開期間を延長します

現在好評開催中の特別公開2件の会期を下記のとおり延長します!

「特別公開 静岡県指定文化財 東海道図屏風」

「特別公開 紅糸威腹巻(家康公着初めの腹巻)」


会期 (
変更前)平成27年5月6日(水)→(変更後5月10日(日)まで


皆様のご来館をお待ちしております。

※なお、5月7日(木)は祝日の翌日のため休館日です。

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「東海道図屏風」(静岡市蔵)右隻より:江戸へ向かう朝鮮通信使一行
【禁転載・画像はクリックで拡大します】

2015年4月 4日 (土)

徳川家康公着初の腹巻を公開中!

静岡浅間神社には、徳川家康公(竹千代)が13歳のとき、
鎧着初(よろいきぞめ)の儀に際して着用したといわれている
紅糸威腹巻(くれないいと(べにいと)おどしはらまき)が伝わっています。

今川義元が人質竹千代のためにあつらえたされる鎧は、
その小振りなつくりから少年竹千代の姿を思い起こさせます。

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特別公開期間 平成27年4月3日(金)~5月6日(水・祝)

※紅糸威腹巻についてはこちらをご覧ください。

2015年2月24日 (火)

平成27年2~3月のピックアップ「静岡浅間神社遷座祭社参行列図」

静岡市文化財資料館は、静岡浅間神社の境内に立地しています。
静岡浅間神社社殿の大部分は
文化元年(1804)より約60年をかけて幕府直轄で造営されたもので、
江戸期に建てられた社殿26棟が国の重要文化財に指定されています。
これらの社殿を維持するため、4~50年ごとに大規模な修理がおこなわれてきました。

【静岡浅間神社平成の大修理】

前回の修理は、昭和49年から62年にかけて行われましたが、
年月の経過により社殿に傷みが生じてきました。
そのため、今年度より外部塗装の劣化や亀裂、剥落の目立つ柱や彫刻などの
修理工事が行われることとなりました。

平成27年2月より、外装の劣化が激しい大歳御祖神社本殿から
修理工事が始まっています。
大歳御祖神社の修理工事は約1年ほどを予定していますが、
その後、神部・浅間神社、少彦名神社、八千戈神社、麓山神社と順次修理が行われ、
終了予定は平成45年、約20年もの年月をかけた大修理工事となります。


【今月のピックアップ展示】


「静岡浅間神社遷座祭社参行列図」
菊池甲冠画/静岡浅間神社蔵

神社の造営修理に際して、御神体を移すことを「遷座(せんざ)」といいます。
人間同様、神様も自宅工事中は仮住まいへお引っ越しされることになります。
現在行われている大歳御祖神社本殿修理工事においても、
工事開始前の平成27年1月24日(土)に御神体を移す遷座祭が行われました。
修理工事後は、再び本殿に御神体が遷座されます。

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昭和11年11月22・23日に行われた遷座祭社参行列の様子が描かれています。
昭和5年より行われた浅間神社の大修理が竣工したことを祝うもので、
前行・警固・真榊職掌・乙女・太夫・太刀持・侍素袴・侍裃・侍羽織袴・
警固・奉行・各町総代と続く盛大な行列の様子が描かれています。
絵の下部には、当時の静岡の名士や総代の方などそれぞれの役を担った人々の名が記されています。

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実際の行列の様子を写した当時の記録写真も一緒に展示しています。

作者の菊池甲冠は、昭和初期の大修理に携わった絵師の一人です。
甲冠はこの修理に際し、静岡浅間神社七不思議のひとつである本殿彫刻「粟穂に鶉」の模写絵も描いています。

2014年9月18日 (木)

10月のピックアップ特別公開!山田長政奉納戦艦図絵馬

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帆柱に花菱の印をつけた旗を掲げ進む異国様式の軍船に
日本人兵士数十人が甲冑に身を固めて戦闘に備えている。
船には砲を据え、中央の神輿用の前に大将と思われる人物が指揮を執っている―。

戦国時代、シャム(現タイ)へ渡り活躍した山田長政は、
寛永3年(1626)、異国より故郷の静岡浅間神社へ1枚の絵馬を奉納しました。
天下の珍品として知られたこの長政奉納戦艦図絵馬ですが、
残念なことに天明8年(1788)、火災により焼失してしまいました。

この絵馬の姿を伝える貴重な模写絵が、静岡浅間神社に伝来しています。
まず、焼失前の絵馬の姿を記録したものとしては現存唯一の「第一模写絵」、
火災後に第一模写をもとに描かれ、改めて奉納された「第二模写絵」、
そして伝来不明の謎の「第三の模写絵」。

今回の展示では、静岡浅間神社のご協力により、
遺された3枚の模写絵を期間限定で公開することになりました。
3枚の模写絵を同時にご覧いただけるのは今回が初めてとなります。
2週間だけの限定公開です。この貴重な機会を、皆様、どうぞお見逃しなく!

10月のピックアップ特別公開 「山田長政奉納戦艦図絵馬」

【会期】 平成26年10月4日(土)~10月19日(日)

【時間】 9:00~16:30

【会期中休館日】10月6日(月)、10月14日(火)

※こちらの特別公開は、常設展の一部として実施します。
入館料等詳細につきましては、「利用案内」をご覧ください。

2014年9月12日 (金)

平成26年9月のピックアップ~茶箱絵~

9月のピックアップ展示は「茶箱絵」です。

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茶箱絵とは‥‥

日本のお茶は、安政6年、横浜開港と同時に諸外国への輸出産品となりました。
当初は壺などで輸出されていましたが、長期の輸送に耐えられる輸出用茶箱が
これに代わって用いられるようになりました。

茶箱には、中国に倣い絵入りのラベルが貼られました。
初期は文字の入らない浮世絵風の花鳥画や風俗画が用いられました。
これを「茶箱絵」といいます。
茶箱の縁には湿気を防ぐための目張り紙が貼られました。
異国情緒あふれる茶箱絵は、西洋諸国で大変喜ばれたようです。

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(画像:茶花柄の目張り紙)

明治10年以降になると、「蘭字」とよばれる、
西洋文字を配した絵ラベルが用いられるようになりました。
別刷りだった目張りが見は絵ラベルと合体し、
絵の周囲には縁飾りのような枠線が付くようになりました。
「蘭字」に先駆けるものとして、「茶箱絵」を「前蘭字」とよぶこともあります。

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「茶箱絵」 静岡市蔵(全ての写真:禁転載)

2014年5月18日 (日)

平成26年5月のピックアップ~四神彫刻~

今月のピックアップ展示は‥‥

四神彫刻(静岡浅間神社蔵)



「四神」とは、天の四方(東西南北)を司るとされた霊獣です。
奈良県明日香村の高松塚古墳やキトラ古墳の壁画に描かれていることでも有名ですね。

Seiryu(四神彫刻のうち、青竜:写真は禁転載)

Byakko_4 (白虎)
白虎のみ他の3体と作りを異としており、これは後補されたものです。

Suzaku_3 (朱雀)

Genbu_3 (玄武)

朝廷での儀式を行う際や神幸の際には、四神が描かれた旗を掲げて威儀を整えました。
この静岡浅間神社に伝わる四神彫刻の台座中央には、四角い穴が穿たれており、
ここに棒状の物を挿して四神旗のように使用されたと考えられています。

Daizanoana (台座中央の四角い穴)

四神にはそれぞれが司る方角のほかに、季節、色、地相などが定められており、
四神に相応した理想的な地相を「四神相応」または「四地相応」といいます。
官位・福録・無病・長寿を併せ持つ地相とされ、都市計画の際にも重視されました。
大御所徳川家康が行った駿府の町づくりにも、この思想が反映されているとする説もあります。

青竜(せいりゅう・せいりょう) (方角)東 (色)青        (季節)春  (地相)流水
○白虎(びやっこ)          (方角)西 (色)白        (季節)秋  (地相)大道
朱雀(すざく)            (方角)南 (色)朱(赤) (季節)夏  (地相)湖沼
●玄武(げんぶ)          (方角)北 (色)玄(黒) (季節)冬  (地相)丘陵

2014年3月28日 (金)

「東海道図屏風」を期間限定公開します!

Byoubu

「東海道図屏風」は、静岡市名誉市民E.M.マッケンジー氏が昭和47年に米国へ帰国する際、

静岡市へ寄贈された六曲一双の屏風です。

江戸時代前期の制作と推測される本屏風には、江戸から今日までの五十三宿を中心に

江戸初期の東海道の風景や風俗がいきいきとした筆致で詳細に描写されています。

平成20年に静岡県指定有形文化財に指定され、毎年1回、期間限定で公開を行っています。

本年度は、駿府付近の描写に焦点を当ててご紹介しています。

 

期間 平成26年3月26日(水)~5月6日(火・祝)

※東海道図屏風の期間限定公開は、常設展示の一部としてご覧いただけます。

2013年9月29日 (日)

10月のピックアップ~特別公開 山田長政奉納戦艦図絵馬~

Nagamasa

平成25年10月のピックアップ展示は、秋季特別公開として

静岡浅間神社所蔵の「山田長政戦艦図絵馬」(模写絵)を展示します。


江戸初期にタイにわたり活躍した山田長政は自らの立身出世の諸願成就報告のため、

寛永3年(1626)、静岡浅間神社へ異国風の軍船が描かれた1枚の絵馬を奉納しました。

残念ながら長政が奉納した絵馬は天明8年(1788)の火災により焼失してしまいましたが、

幸い駿府在番の榊原長俊により模写されていたため、当時の姿が今に伝えられています。

この貴重な模写絵を9月28日(土)~10月27日(日)の期間限定で公開いたします。

期間中の10月13日(日)には、浅間神社門前の浅間通り商店街において

「山田長政祭り」も開催されます。

皆様、この機会にぜひご来館ください!



●山田長政について


山田長政(通称仁左衛門、生年不詳~1630)は戦国末期、駿河国で生まれました。

活躍の場を求めて海外に渡り、慶長17年(1612)ごろにシャム(現在のタイ)に渡航、

首都アユタヤ郊外の日本人町に居住しその頭領となりました。

元和五年(1621)、タイのアユタヤ朝使節来日に際しては同行させた部下を通して

時の老中に書状を送るなど、日本とタイの修好に努めたといいます。

また、数百人の日本人傭兵部隊を率いて内戦・外冦に功を立てた長政は

国王ソンタムの信任を得てオヤ・セナピモクという高い官位を授けられました。

ソンタム王の死後、王位継承問題に巻き込まれた長政は、

王位を狙う王族の密命により、傷口に毒薬を塗られて亡くなった、と伝えられています。

2013年9月 9日 (月)

9月のピックアップ~西洋道中膝栗毛~

今月のピックアップ展示では、『西洋道中膝栗毛』をご紹介します。


『西洋道中膝栗毛』 (個人像・寄託品)

明治3年(1870)~明治9年(1876)刊、全15編30冊

作 仮名垣魯文(かながきろぶん)ほか

挿絵 初~4,6~11篇:一恵斎芳幾(落合芳幾)、

     5編:3代目歌川広重、12~15編:猩々暁斎(河鍋暁斎)

展示期間 平成25年9月10日(火)~10月4日(金)予定

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(7巻上挿絵より/画像は禁転載

『西洋道中膝栗毛』は、仮名垣魯文による明治初期のベストセラーです。

十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にならい、元祖弥次さん・喜多さんの孫2人が

ロンドンの万国博覧会へ行く道中を描いた滑稽本です。

横浜を出港した二人が、上海、香港、シンガポール、セイロン等々の世界各地へ立ち寄り

方々で先祖譲りの滑稽を尽くすという物語は、

文明開化期の西洋ブームにのり、大変な人気となりました。

洋行体験のない魯文は、当時流行していた福沢諭吉の『西洋事情』や、

渡仏経験のある友人の話などを参考にしたといいます。

全15編のうち、12編以降は魯文の友人の総生寛が執筆を引き継ぎました。

当館では、全15編のうち、初編~7編までを収蔵しています。

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